2011年9月 7日

東電作業員、被ばく上限 菅首相・細野大臣 500ミリシーベルト派

東電作業員、被ばく上限 菅首相「500ミリシーベルトにできぬか」

菅さんも細野大臣も、他人事っていうか。。。500mSvにできないからずっと100mSvだったんでしょう?ぎりぎり250mSvが、リンパ球を作るのに障害が残らない程度なんでしょう?

それより、セシウム137のほうが、問題ないんじゃない?世論は除去除去言ってるけど、半減期は長くとも、人体からは出て行っちゃうんだし。放射性物質があることより、それがどう生体が悪い影響あるのかで、決めて欲しいよ。

ラドン温泉にわざわざ入る人だっているし、放射線量が低ければ、身体には良いって話、あるよね。。。

 

以下記事。http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/verification/news/20110725ddm001040055000c.html

検証・大震災:作業員、被ばく上限 首相「500ミリシーベルトにできぬか」

 ◇「250」引き上げ3日後 安全確保、防衛相が阻止

 自衛隊が東京電力福島第1原発の上空からヘリで放水した3月17日、東京・市ケ谷の防衛省に首相官邸から一通の文書が届く。タイトルは<線量限度の引き上げについて>。政府はその3日前、緊急作業時の被ばく線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたばかりだった。それをさらに国際放射線防護委員会(ICRP)の基準に合わせて倍の500ミリシーベルトにする??。

 第1原発は爆発が続き、高線量の中での作業が必要だった。作業員の安全を守る立場の厚生労働省にすれば250ミリシーベルトが「ぎりぎりのライン」。しかし、細野豪志首相補佐官(当時、現原発事故担当相)から「250では仕事にならない。役所をまとめてほしい」と要請を受けた長島昭久前防衛政務官は関係省庁にその意向を事前に口頭で伝えていた。

 15日には第1原発から約50人を除いて「撤退」が始まっていた。菅直人首相は東電の撤退に怒りを募らせ、東電幹部に「決死隊になるんだ」と活を入れた。その後、周辺には「撤退すれば、アメリカが(事故収束のために)占領しに来るぞ」と漏らした。

 「文書で正式な要請が来たか」。自衛隊員も直接、事故の収束作業に当たっている防衛省は、北沢俊美防衛相と内局上層部、自衛隊の各幕トップらが緊急会議を開いた。

 250ミリシーベルトを超えると白血球数が一時的に減少する。500ミリシーベルトでは血液中のリンパ球が減って免疫機能が低下する。「500にすると発がん率が高くなる。そんなバカな話はない」「250と発表した後、すぐに500にするのでは何が安全か、現場は何を信用したらいいのか、ということになる」。反対意見が相次いだ。

 同じころ、経済産業省原子力安全・保安院の幹部は、官邸からの要請に基づき、部下に「いつでも500ミリシーベルトに引き上げられるよう準備をするように」と指示した。放射線審議会を開いて省令を改正する必要があるため、審議会を所管する文部科学省との調整を進めた。

 17日午後6時半すぎ、官邸に菅首相、北沢防衛相、海江田万里経産相、細川律夫厚労相、細野補佐官らが顔をそろえた。「500ミリシーベルトに上げられないか」と菅首相。北沢防衛相が「性急に上げるのは良くない」と述べた。

 ICRP基準の「500ミリシーベルト」は人命救助が必要なほどの緊急時を想定している。「今後、巨大な爆発が起きてそのような事態が考えられるようなら国民に説明すべきだし、そうでないのなら引き上げる必要はないのではないか」。防衛省の総意が官邸に伝えられた。

 菅首相は爆発の可能性は否定する。決定寸前で上限引き上げは幻に終わった。

 未曽有の原発事故に政府内は混乱を極めた。その収束に向けた作業は、現場の「安全」と引き換えになっていく。

 

2011年5月27日

吉田所長 最終学歴 福島第一原発

吉田所長(福島第一原発の所長さん)の最終学歴が気になりました。

海水注入を、政府と東電経営陣より現場の判断で実行できた人だよ?

尖閣諸島の動画を流してくれたsenngoku38(一色さん!)さんバリにすごい人ですぅ。

 

で。東京工業大学だった。

賢いー!

菅さんと同じなのが、なんともいえないけど。

 

●以下ニュースから。

http://jp.wsj.com/japanrealtime/2011/05/27/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC1%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%81%AE%E5%90%89%E7%94%B0%E6%89%80%E9%95%B7%E3%81%AE%E6%B3%A8%E6%B0%B4%E7%B6%99%E7%B6%9A%E5%88%A4%E6%96%AD/

2011/5/27 19:46

福島第1原発の吉田所長の注水継続判断

本社の停止命令に背いて注水を続けていた福島第1原発の吉田昌郎所長、彼の判断をどう評価すべきか、社会人としていろいろ考えた人が多かったのではないだろうか。

同所長は、会社の命に背いて注水を続けたことに加え、その報告を怠って政府や国会を混乱させたことの責任を問われ処分されるという話だ。昨日、テレビに大写しになった吉田所長は、うつろな顔をしていた。

Reuters
福島第1原発の吉田昌郎所長

会社の判断を無視したのは確かだ。しかし、会社の注水停止判断は、技術者なら誰でも認めるような明らかな間違いだったのだ。確かに、もう少し早く報告できただろうという気はする。

ところが、5月下旬になって3月12日の注水中断の責任がどこにあるかの議論が急浮上し、報告を怠った責任が重大になってしまった。

しだいに明らかになってきた事実を総合すれば、原子力安全委員会の斑目春樹委員長が、再臨界の可能性は「ゼロとは言えない」と言ったことによって官邸で海水注入に対する懸念が強まり、官邸に詰めていて、官邸は注水に懸念を持っていると「察した」東電の元副社長の武黒一郎氏が東電本社にその旨を伝え、東電本社はそれを現場に伝えた。

結局、官邸が注水停止を命じたわけではなかったらしい。しかし驚いたのは、武黒元副社長が東京大学工学部卒の技術畑の人だったということだ。原発技術者は、あのとき注水を停止するなど論外という点でほぼ一致している。だからこそ、国会まで誰が悪かったのかと大騒ぎをしたのに、なんと、その決断の元凶が、東電で副社長まで務めた技術者だという。技術系社員まで、官邸の空気をうかがって事態を悪化させるかもしれないと分かっていながら注水を止める判断をする。これが、官僚より官僚っぽい「お公家集団」と言われる東電の体質なのだろうか。

また、政治主導を重んじる官邸からしても、命令に背いたり、報告を怠ったりするのは許し難い行為ということになる。その背後にはメンツの問題がありそうだ。

しかし、ネット市民の間では吉田所長は英雄だ。

今回の話で、尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁の巡視艇の衝突事件のビデオをユーチューブに流した海上保安官を思い出した人も多かったようだ。政府はあのビデオの公開を逡巡していたが、海上保安官は、これは国民が見るべきものだという信念で公開したという。その結果、国家公務員法の守秘義務違反容疑で書類送検(その後起訴猶予)され、海上保安庁からは停職12カ月の処分を受け、その後依願退職した。

ただ、吉田所長が海上保安官と大きく異なるのは、同所長は、あの危機的原発事故の現場のトップだったこと、当事者そのものだったという点だ。同所長が、あの場面で、会社の判断に従って注水を止めていたら、原発の状況はさらに悪化していた可能性も示唆されている。原子炉の状況を判断できる材料は非常に限られ、現場は必死だったのだ。対応は一刻を争っており、会社の命令に反対だったとしても、議論などしていられる場合ではなかった。注水継続は、いわゆる緊急避難と考えていいのではないだろうか。

あの震災のときは、そうした緊急避難的超法規措置がどれだけなされたことか。その措置の中には正しかったことも間違っていたものもあっただろう。事後的検証は必要だが、平常時とは違う判断が求められていたはずで、検証に当たっては、その特殊な状況下で、その判断が正しかったかどうかを見極める必要がある。

吉田所長は菅首相と同じ東京工業大学出身。大学院で原子核工学を学んだ技術者だ。5月2日付の東京新聞では、福島第1原発を視察した独立系のシンクタンク社長で原子力委員会の委員を務める青山繁晴氏が、現地作業員は「士気もモラルも高かった」「その背景には吉田所長の存在が大きい」などと吉田所長のリーダーシップを高く評価していた。

だが、同所長、東電や保安院とのテレビ会議では、役に立たない議論が延々と続くことに苛立って「やってられねえよ」などと言ってしまうタイプで、本社では困ったやつともみられているという。

菅首相の3月12日の現地視察についての日本経済新聞の4月8日付の記事によると、視察後、首相が名指しで謝意を表明したのは東京から同行した武藤栄副社長ではなく吉田所長だったそうだ。読売新聞によると、首相はその後、同所長に全幅の信頼を置いているという。

ただ、社員がみな、自分の判断が正しいと思って勝手な判断を始めたら、組織は成り立たなくなる。福島第1の場合は、ほんとに日本がどうなってしまうかという危機だったが、それぞれの企業の存続に関わるような判断となれば、けっこう多いはずだ。特定プロジェクトの成否に関わる判断ならなおさらだ。社会人なら誰でもこんな局面に立たされたことがあるのではないだろうか。

斑目委員長(まだらめ)の訂正事件

斑目委員長(まだらめいいんちょう・原子力安全委員会委員長)は何を言い訳していたのか?可能性はゼロでないといっただけ発言。

 

はぁ。

 「会議」は48分で終了、週1回の勤務で「常勤扱い」月給90万何がし、年収1600万、なんだよね。原子力安全委員会。

思い出しちゃったよぅ。

 

●以下ニュース記事

http://www.j-cast.com/2011/05/26096609.html?p=all

高橋洋一の民主党ウォッチ
「失敗は部下のせい、成功は自分の手柄」 原発事故にみる菅総理の無責任

2011/5/26 18:10
   今ごろになって、大震災直後の原発事故の様子が相次いで公表されてきた。菅総理がサミットに出席するからだろう。これまで情報を出すと約束してきたからだ。しかし、その割には不手際が多すぎる。菅総理は、いろいろ口を挟むが、成果が出るまでは部下の責任、いい成果が出たら俺の成果という、駄目なトップ像がでてきた。その一例が、2011年3月12日の東京電力福島第1原発1号機への海水注入問題だ。

   まず政府内での誤解からはじまった。5月21日に公表された当初の政府資料では、「12日18:00?18:20ごろ、菅総理が原子力安全委員会、原子力安全・保安院等に海水注入の検討を指示」したが、斑目委員長から「再臨界の危険性がある」との意見が出されたとされていた。

「可能性はゼロでない」巡る混乱

   しかし、斑目氏がこれに対して、「可能性はゼロでないといっただけ」と猛烈に抗議した。これはリスクに対する無理解が招いた悲劇だ。私もマスコミの人に対して話すときによく感じるのだが、リスクをしばしばゼロかイチで考えたがる。リスクというのは確率表現なのでゼロかイチではなく、その間なのだ。

   「可能性はゼロではない」という言い方は、専門家では当然である。ゼロの可能性なんてまずない。今この瞬間でも、隕石が落ちてきて死ぬ可能性はゼロではない。ところが、可能性はゼロでないというと、すぐ可能性はイチ、すなわち100%確実と思い込む人が少なくない。斑目氏も「可能性はゼロでないがゼロにきわめて等しい。事実上ゼロだ」といえばよかった。

   5月22日に訂正された政府資料では、斑目氏の意見は「可能性はゼロではない」と書き直されたが、その部分しか書き換えられていないので、菅総理は斑目氏の意見を誤解して間抜けな検討を行ったことが、明らかになってしまった。

   しかし、斑目氏の意見について、菅総理は再臨界の危険性があると認識したとされ、それが海水注入の中断問題につながってくる。

   これは東電と政府との間の話であるが、菅総理のトップの資質がでている。5月22日に訂正された政府資料では、「19:04 東電が海水(ホウ酸なし)試験注入を開始。19:25 東電が海水試験注入を停止」とあり、「東電の海水試験注入開始・停止は、官邸には報告されていなかった。※東電担当者から保安院に口頭連絡したが、保安院側にはその記録はない」との注記がされている。

   菅総理は5月23日の衆院東日本大震災復興特別委員会で、海水注入中断について「私が止めたことは全くない」と関与を否定。東電による海水注入についても「報告が上がっていないものを『やめろ』とか『やめるな』というはずがない」と述べた。

いかにもお役所仕事の「連絡は紙で」

   報告が上がっていないというのは、訂正発表資料の注記のところが関係してくる。保安院は「重要な事象は全て紙でやりとりすることになっており、(海水注入開始という)この種の連絡は紙であるべきだった」と述べた。

   しかし、緊急事態に全てを紙でやりとりさせるのは無理だろう。いかにもお役所仕事だ。しかも、18:00からの検討には東電も参加している。その場で、菅総理が再臨界の危険性に関心があり、しかもホウ酸の入れ方など些細なことに保安院説明者が説明できず菅総理から叱責を受けていることも東電は知っていただろう。

   だから、東電は海水注入を停止したはずだ。そうした状況にも関わらず、菅総理は、自分は指示していないという形式論で突っぱねる。あくまで東電の責任という。

   しかし、その直後「19:55 総理により海水注入指示。20:05 経済産業大臣より原子炉等規制法第64条第3項の規定に基づき海水注入を命令」した。

   成果が明らかになって、最後の実施の美味しい段階になると、菅総理は自分の判断を強調してかっこつけたがる。最後にかっこつけたいなら、その準備段階までみんな責任を持つべきだ。菅総理は、準備の失敗はお前がとれ、しかし結果が成功したら俺の判断がいいからだという、駄目なトップだろう。

   一方、5月26日になって、東電が「実は海水注水は、現場判断で中断せず、継続していた」と発表した。福島原発の現場では、頼りにならない菅総理の意向など無視して海水注入を中断しなかったのだろう。菅総理は責任をとらないが、現場はきちんと責任をとるというニュースを聞いて、少し救われた気がする。


++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「日本は財政危機ではない!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)など。

 

吉田所長を応援している人たち

吉田所長って、もちろん吉田昌郎・福島第1原発所長。

逃げ出さない、ありがたい責任者だと思う。

東電は、良い人材を持っているなぁ。

どうか、特別手当を付けてあげてほしいです。

谷垣さんもソーラーとか風力とか被災者に仕事作りとかしてよ。

なんで全力を挙げて菅さん不信任案なんだ?

さんざん、自民党が原子力を推進してきたくせに、自分は減給もしないで、東電にだけ減給を強制し。。。

はっきり言って、今、谷垣さんとか石原息子より、吉田昌郎・福島第1原発所長さんの方が価値高いよ!お給料渡すべきじゃない?

●以下ニュース記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110526-00000006-jct-soci

「注水中断せず」判断した吉田所長 「処分検討」にネットで怒りの声

J-CASTニュース 5月26日(木)19時43分配信

 「海水注入は中断していなかった」――東京電力は2011年5月26日、福島第1原発の1号機で、震災発生翌日に冷却用の海水注入が一時中断したとされる問題で、実際には中断はなく、注水は継続していたと発表した。

 それによると、現場の吉田昌郎・福島第1原発所長が注水継続が必要と判断し、「空白の55分」を防いでいたことがわかった。しかし、東電は吉田所長について「処分も検討する」としており、ネット上には怒りの声が溢れている。

■「正しい判断をした」

 これまで東電が公表した資料では、3月12日19時4分に海水を注入し始めた後、官邸の意向を汲んで19時25分に注入を一時中断し、20時20分に再開したとされていた。そして、この一時中断をめぐり、菅直人首相の関与の有無や原子力安全委員会の班目春樹委員長の発言など、事情説明や報道が二転三転、混乱した。

 しかし今回の発表によれば、3月12日18時5分ごろに政府から海水注入の指示があり、19時4分に注入開始。約20分後、官邸に派遣した社員から「首相の了承が得られていない」と連絡があり、東電社内の協議の結果「注入停止」が決まった。しかし、吉田所長が「事故の進展を防止するためには、原子炉への注水の継続が何よりも重要」と独自に判断し、停止に至らなかったという。

 東電の武藤栄副社長は会見で、「正しい判断をした」と吉田所長の行動を評価したうえで、「報告やその後の対処について、これで良かったか検討する必要がある」と、処分も含めて検討する考えを示している。

■「もう無茶苦茶!」「おかしい」

 この方針に対し、ネットユーザーの怒りが爆発した。

  「吉田所長が私達を守った。吉田所長が処分されるのだとしたら、それはおかしい。凄くおかしい」
  「吉田所長が処分されるなら、全ての関係者が処分されなければならない」
  「もう無茶苦茶!現場はまさにやってられねぇって感じだろうなぁ...」

 福島第1原発の現場では、多くの作業員が厳しい環境の中で復旧作業を続けている。吉田所長はその現場の最高責任者だ。

 週刊誌報道などでは、不眠不休で1000人以上の作業員の指揮をとり、本店からの指示に対しも現場の立場から声を荒げて言い返すなど、たくましい人物像やリーダーシップが報じられてきた。

 その奮闘ぶりを知ってか、ネットでは、

  「所長を処分したら誰が指揮をとるんだ!」
  「吉田所長には処分でなく、休息を与えて下さいよ!! 」

などの声が上がっている。

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吉田所長さんのおかげ 空白の55分間回避!

吉田所長さん。

素晴らしいよ。現場を知っているからできた海水注入継続指示。

責任者の鏡だよ(T_T)

私としては、処分どころか、報奨金でしょう!

どうぞ、幸せな人生を送ってくださいますようにm(_ _)m

それと。武藤栄副社長さんと吉田昌郎・福島第1原発所長さんがお互いを良く思っていますように。。。

●以下ニュース記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110526-00000740-yom-sci

注水継続の吉田所長、処分も検討...東電副社長

読売新聞 5月26日(木)16時49分配信

 東京電力の武藤栄副社長は26日午後の記者会見で、福島第一原子力発電所1号機の海水注入の一時中断を見送った吉田昌郎所長の処分について、「それも含めて検討する」と述べた。

 武藤副社長は、海水注入を継続したことについては「原子炉を冷やすうえで大変正しい判断をした」としたが、「報告の在り方やその後の対処について、これで良かったか検討する必要がある」と述べた。処分の内容、時期については「慎重に考えたい」とした。

最終更新:5月26日(木)16時49分

読売新聞

 

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2011年5月25日

清水東電社長が震災の日に帰れなかった理由-北澤防衛大臣(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-

清水東電社長が3.11の震災の日に帰れなかった理由は北澤防衛大臣のせいなんだと(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-

 

清水東電社長を乗せた自衛隊機にUターンを指示したんだってよ、北澤防衛大臣!防衛省、なにやってんだぁ!

東電も、震災直後に国に連絡を取ったわけだし、対応いい線いっていたとも思うのだけど。

大体、北澤防衛大臣は、日本国境海域の島に自衛隊を置こうとしていた(この点は自民党を認めます!)のを白紙に戻すし、韓国などに有利にさせる人だし、どうも判断が国民と違う気がする

以下ニュース

http://jp.wsj.com/Japan/node_228603/?tid=nuclear

【東京】政府は26日、東京電力の清水正孝社長が3月11日の東日本大震災とそれに伴う津波を受けて福島第1原子力発電所で事故が発生して数時間後に出張先から航空自衛隊の輸送機でいったん離陸した後、政府の判断で引き返していたことを明らかにし、被災者救援のための輸送に自衛隊輸送機が必要だったと説明した。

 枝野幸男官房長官と北沢俊美防衛相は、26日の記者会見でこの事実を確認。大地震と原発事故発生直後の判断において、著しい重圧と混乱が生じていたことが浮き彫りになっている。

イメージ Reuters

東京電力の清水正孝社長

 このことからも、東日本大震災発生後、清水社長が出張先の関西地域から同日中に統合連絡本部を置く東京の同社本店に引き返せなかった理由の説明がつく。本来なら清水社長は東電の危機対応チームを率い、原子炉格納容器の圧力を下げる作業(ベント)といった緊急措置を承認するところだ。

 清水社長が東電本店に不在だったために、事故発生直後の数時間という極めて重要なときに難しい決断を下すことに遅れが生じた可能性があると一部では指摘されている。

 3月12日朝になってようやく清水社長が東京に戻った際、福島第1原発1号機では燃料棒が過熱し、容器内の圧力が危険な水準に達していたが、東電はベント作業を開始していなかった。専門家らはベントの遅れが同日の同原子炉建屋での爆発につながった可能性があると指摘している。

 清水社長は先月12日朝、東京に向かうヘリをチャーターした。同社長は滞在先から事態の対応に当たり、すべての対処は適切だったと述べている。

 北沢防衛相と枝野官房長官は26日の記者会見で、東電の清水社長による自衛隊輸送機の利用を拒否する判断を擁護し、3月11日夕方には社長が東京に戻る他の手段があったと主張した。

 枝野官房長官は、東電の社長が動けないようなところで立ち往生していたのであれば自衛隊機への要請は理解できるが、「名古屋-東京間は車を飛ばしても走れる状況だった。なぜ、自衛隊に頼んだのか」と反論した。

 一方、東電の広報担当者は、先月11日のマグニチュード9の大地震直後には主要な高速道路は閉鎖され、新幹線も走っていない状態だったと言及した。さらに、清水社長は名古屋まで東進できただけだったと述べた。

 清水社長は自衛隊に対し輸送機での東京への移動を要請し、担当者らの承認を得て、同社長を乗せた自衛隊機は午後11時30分に名古屋を離陸した。

 しかし、北沢防衛相は実際、その10分前の午後11時20分に被災者救援のための輸送を最優先すべきだとして、清水社長の要請を拒否していた。自衛隊の担当者が清水社長を乗せた自衛隊機に名古屋へ引き返すよう命じた。その結果、清水社長は翌朝になって東京に到着した。2011年 4月 27日  6:08 JST

 

 

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